行政書士寺村事務所のブログ

滋賀県彦根市の行政書士寺村事務所です。自動車関連のお仕事や、相続関連のお仕事、また、家系図の作成もやっております。どんなことでもかまいませんので、どうぞ、お気軽にご相談ください。

夫婦そろって、そろそろ終活のことについてマジな論議をしないといけない時期になってきた。

終活。

 

就職活動ではないですよ。自分の人生の終わりの時が来る時のために、いったい、今、どうするのがいちばんいいのか、ということをそろそろ考えなければならない時期に来ている、ということです。

 

自分が死んだときに、自分がどうして欲しいか、ってことも大事だけれど、我を通せば、残された家族が、親戚連中から非難を浴びることも防がなければならない。

 

ここが、わたしにとっての終活の、いちばんやっかいで、どうしたらいいか、わからないってところなのです。

 

実家は、基本的には、真宗大谷派で通っていますでの、わたしの父親が亡くなったときも、真宗大谷派の僧侶が来て、お経をあげて、わたしも、そのお経を読み、数珠を持ち、手を合わせて、お別れをしました。

 

だったら、お前も、なんも考えずに、まあ、別に真宗大谷派でなくてもいいから、何か、適当な仏教のお坊さんっていうか、お寺さんに頼んで、一般的な、お通夜と葬儀をすれば、誰も文句も言わないし、残された家族も何にも言われないだろう、って考えてられるでしょうし、確かに、そうすれば、なんら問題なく、終活ができるのかもしれません。

 

ただ、わたしはそれでは納得できないんです。なぜなら、無宗教だからです。もし、自分が死んだときに、どっかの坊さんに、なんかわからんお経をあげられるのは、苦痛以外のなにものでもありませんし、そんなものに、お金を使う気もさらさらありません。

 

ただ、そのことを家族が納得してもらえるかどうかというと、いささか問題が残ります。

 

自分は死んじゃったから、誰にも何にも言われないけど、残された家族は、親戚連中から何を言われるかわかりません。

 

ただ、だからといって、まったく意味のない仏教的儀式、あるいは別の宗教においても同じですが、なんらかの宗教的儀式をすることは、わたしの本意ではありません。

 

じゃあ、どうすればいいのか。それは、自分が元気な間に、親兄弟や親戚にもわかるように、遺書を残す、あるいは、意思表示をしておく、ということが、まずは必要であると考えます。

 

田舎は、なかなかそういうわけにはいかないんだよ。お前はわかってないなあ、って言われそうですが、自分の死の儀式を、適当な宗教の方式に基づいてやられることは、耐えられないことです。

 

まだ、少しは時間があります。

 

終活、というよりは、お別れの時が来たときの、みなさんとの別れをどういう形でするのか、具体的にこういう方法で、誰に知らせて、このようにする、ということ。

 

そして、残された家族が、親戚連中から、非難を浴びることがないようにすること。

 

その方法として、いちばん何がいい方法なのか。それを、ここ2~3年以内には確立していきたいと考えています。