行政書士寺村事務所のブログ

滋賀県彦根市の行政書士寺村事務所です。自動車関連のお仕事や、相続関連のお仕事をやっております。どんなことでもかまいませんので、どうぞ、お気軽にご相談ください。

世論調査のため、無作為に選んだ人の家に電話。せっかく、日曜日で、二度寝していたのに、たたき起こされた!怒!!

朝、起きて、トイレに行って、今日は日曜日かあ、二度寝するか、ってことで、再度、ベッドに入り寝ていると、午前、11時頃だったか、電話の音で起こされた。

 

電話が、「ゼロ、いち、にー、ゼロ」と読み上げている。フリーダイヤルだわ。

 

どうせ、迷惑電話だろうと思い、起きて、電話のあんしん応答機能を利用し、電話から、「名前を名乗ってください」と、アナウンスすると、その場で、電話がきれました。

 

で、あとから、その電話番号をネットで調べてみると、案の定、時事通信社世論調査の電話「0120459040」だったようです。

 

普通の人ならば、「だいたい、固定電話なんてやめればいいやん」、とか、「留守電にしておけばいいやん」って話になるのだろうけど、これが商売をやっていると、なかなかそうはいかないんですよね。

 

だって、土日でも、けっこう仕事の電話があるし、それも、固定電話だったり、携帯であったりと、よくかかってくるので、そういうわけにもいかなしなあ。

 

だけど、「0120」、または、「050」でかかってくる電話に関しては、まあ、まともな電話ではないので、あんしん応答にして、「名前を名乗ってください」とアナウンスすると、たいていは、その場で電話を切るし、その番号をネット検索すれば、まず、間違いなく、営業電話などの迷惑電話率がほぼ100%なので、いちいち話す必要はないとは言え、電話の音が鳴るのはうっとうしい限りだ。

 

一度かかってきた迷惑電話は、その都度、迷惑電話に登録するんだけど、相手も、バカじゃないから、番号変えてきて、電話してくるので意味がないし、最近は、携帯から迷惑電話をする業者も多くいるので、対応の方法がない、ってのが現実なんだよな。

 

ところで、今回のように、世論調査を無作為に選んだ電話番号にかける行為ってのは、許されるのであろうか、って前から思っていた。

 

で、ネットで検索すると、どうやら、合法で、何も違反することもないらしい。

 

人によっては、自分の意見が、世論調査に反映されるのであれば、よろこんで回答するよ、っていう人もいるだろうし、中には、迷惑千万の人も多いのも確かだしね。

 

日曜日のお昼前だから、別にいいだろう、ってこともないだろうしね。だって、仕事で、夜間勤務をしている人にとっては、ちょうど熟睡している最中に、例えば、携帯の音が鳴れば、本当に迷惑な話であることは間違いない。

 

だから、もうこれは、自衛策はない、ってことで、諦めるしかないようだけど。

 

ただ、この電話に世論調査も、各新聞社や各テレビ、各通信社が、それぞれ、独自にするのは、なんとかして欲しいよね。

 

だって、それだけ僕にとっては、迷惑電話がかかってくる確率が高くなるのだから。

 

各新聞社が共同で、新聞社世論調査協議会とか、テレビ局世論調査協議会とかを作ってもらってやってくれれば、迷惑電話がかかってくる確率が低くなるので、どうか、そうやって欲しい。

 

あるいは、事前に、自分の番号は、一切、世論調査に回答しません、という番号を登録する機関を作っていただき、たとえ、無作為に選んだ番号が、たまたま、それに登録された番号であれば、そこには、電話をしない、といった、そういう配慮が必要だと思うんだけどな。

 

とにかく、今日は、腹立たしい一日となったことは、間違いありません。

 

世論調査を電話で無作為にかけるのは迷惑です。やめてください。

来週、23日には、夫婦別姓について、最高裁の2度目の判断がされるわけだが。

夫婦別姓、日本において、この制度が、はたして、根付くのかどうか。

 

僕は、どちらでもいいとは思っているし、時代の流れで、そういうことになれば、それはそれでいいとは思っている。

 

2015年にも、同じような夫婦別姓裁判において、最高裁は、現行の民法においては、違憲ではない、との判断をしたようだけど、今回、どういう判断をするのか、ってのは興味があることは確かだ。

 

特に、日本においては、かなりの事情がない限り、婚姻時の姓を、夫の姓にする、っていうのが当然のようになされていて、現実、95%前後は、婚姻時に、夫の姓を選択する、ってことになっているようだけど。

 

婚姻に対して、妻の姓を選択する人は、「ああ、養子なんだ」って、いう間違がった感覚を持った人も多いとは思うけど、妻の姓を選択することと、妻の両親との養子縁組とは、まったく、関係のない話であるけれど、実際には、まあ、そういうケースが多いっていうこともあるのはあるよね。

 

妻になる女性にとっては、どういう意識を持っているのかは、男である僕には、なかなかわからないし、できるのであれば、女性にとっても、なるべく婚姻によって、自分が不利益を被ることを避けさせてあげたい、という気持ちは強いことでもある。

 

もし、来週の最高裁において、仮に、夫婦別姓を容認するような判決が出たとして、じゃあ、民法上、具体的に、どうやって、夫婦別姓を推進していくのか、ってことに対しては、僕は、その具体的案を聞いたことがない。

 

もし、最高裁が、違憲と判断すれば、その後、法律整備が推進されるのかとは思うので、これは、ちょっと注目、って感じですね。

 

男尊女卑の日本においては、当然ながら、男性中心の世界であり、婚姻時に、彼女の姓が自分と同じになることによる優越感っていうのも感じるだろう。

 

逆に、妻になる女性にとっても、例えば、Official髭男dismの「115万キロのフィルム」で、「苗字がひとつになった日」ってのは、どちらがとは言っていないけれど、彼女が自分の苗字になった日、ってことを言っているし、平松愛理の「部屋とワイシャツとわたし」でも、歌詞の最初に、「あなたの苗字になるわたし」っていうことを歌詞にしていることからも、日本においては、普通に結婚する場合は、夫の姓を選択するのが当たり前という前提での歌詞になっていることは確かだね。

 

ただ、女性において、例えば、離婚すれば、元の苗字になるか、っていうとそうではなくて、戸籍法の77条の2において、仮に、離婚しても、もともとの夫の苗字を使用することができるし、他人に、離婚したことがわかるか、っていうとそうでもないし、あと、法律上は、離婚した際に、復籍することもあるし、戸籍法の77条の2を利用して、新戸籍編製する手もあるし、それほど、苦痛を感じるのかどうか、ってのもあるしね。

 

あと、これは、これは僕がサラリーマン時代だったけど、結婚して、戸籍上は、夫の苗字になったけど、仕事上において、簡易な決裁や、あるいは、呼称においては、旧姓のままでOKだったのは間違いなく、その女性に聞いてみると、呼称は、旧姓のままで、簡易な決裁も、旧姓のままでOK。

 

ただし、公的な書類への署名等に関しては、戸籍上の実名でやっている、ってことだったので、それが成立するのであれば、それでもいいんじゃない?ってことは思うんだけどな。

 

ただ、やっぱり、人によっては、それが耐えられない、女性への差別だ、っていうのも、まったくわからないこともないけど、じゃあ、現状、日本において、具体的に、こうすればいい、っていう、何か決め事を説明してくれないと、なかなか、日本においては、改善することは難しいとは思う。

 

具体的に、こうすれば、男女とも、納得でき、また、夫婦の中に生まれた子供の姓をどうするのか、ってことも、ちゃんと、具体的に、説明してくれれば、日本人の感覚も変わるだろうから、それを説明して欲しい、っていう気持ちもあるけどね。

 

それが決まらないうちに、ただ、単に、夫婦別姓を唱える人は、じゃあ、どうするべきか、っていう具体的案を示す必要があるとは思う。(示しているのであればごめんなさい)

今年は、鳥人間コンテストがあるんだ。彦根、松原水泳場では、プラットフォームの工事が順調に進んでいた。

現在の写真がないので、申し訳ないです。

 

今日は、仕事で、長浜市の木之本警察署から、彦根の自宅に帰る際に、さざなみ街道を通っての帰宅となったわけですが、ちょうど、南進して、彦根にはいったすぐ後、彦根市松原水泳場を右に見ながら、っていう場所でした。

 

「あれ、鳥人間コンテストのプラットフォーム作ってる」っていうのを見ました。

 

ということは、今年は鳥人間コンテストをやるんですね。てっきり、コロナウイルスの影響で、中止だと思っていましたが、どの段階で判断されたんでしょう。

 

とにかく、プラットフォームを作っているということは、間違いなく、鳥人間コンテストが開催される、ということですね。

 

決定時期は、かなり、コロナウイルス感染者がめちゃくちゃ、増えていた時期だとは思うんだけど、それでも、開催を決めたのは、誰が、どういう判断で決めたのか、ってのは、ちょっくら疑問も感じますが。

 

まあ、彦根市にとって、鳥人間コンテストは、大きなイベントのひとつであり、全国に、彦根というものを知ってもらう、特別な企画でもあるので、開催されるのであれば、なんとか、天気に恵まれて、いい大会になって欲しいとは思うところです。

 

これまで、すごく近いところに住みながら、観に行ったのは1回きり。

 

テレビみたいに、準備中の時間をカットして、次から次へと、飛行機が飛ぶのであれば、現場で観ていても、楽しいのでしょうけど。

 

現実に現場で観ると、飛ぶまでの時間、飛んでからの湖上に落ちた飛行機の後片付けに時間がかかるので、1機飛んで、次に飛ぶまでの時間が、いっぱいあり、ものすごく、退屈な時間を、暑い炎天下の中で待つことになるので、それっきり観ることはやめました。

 

あと、テレビで観ても、もはや、人力プロペラ部門の飛行機は、すでに完成形となり、気象環境がよければ、どこへでも、そして、いつまでも飛んでいける、っていうことから、もはや、この鳥人間コンテストも、限界かなという感じを持つのは、自分だけなのかな、ってのは思いますけどね。

 

まあ、でも、やるのであれば、せいぜい、華があるような、素敵な大会にしていただき、彦根というものを全国に売り込んでいただければ、と思います。

 

鳥人間たちよ!がんばれ!

野洲市のさざなみ街道沿いにあった「鮎家の郷」。いつの間にか閉店していたんですね。倒産ではないようでよかったですが。

鮎家と言えば、滋賀県では有名な企業で、さぞ、繁栄されていると思いきや、やはり、コロナウイルスの影響で、売り上げが上がらず、野洲市のさざなみ街道沿いの「鮎家の郷」が、閉店していたんですね。昨日まで知りませんでした。(3月には閉店していたとか)

 

彦根から、毎週、最低1回は必ず通る、さざなみ街道で、守山市にある滋賀運輸支局への仕事の時は、この鮎家の郷を通過すれば、もうあと少しで、運輸支局に着ける、というひとつのポイントとなっていました。

 

しょっちゅう通るとは言え、この閉店のニュースを知らなかったので、そう言えば、あとあと考えれば、っていうことですが、最近、鮎家の郷の名物だった「のぼり」がなかったように思えた、ってのが、昨日はじめて知ってから、って感覚ではあったのでした。

 

ただ、情報を見る限りは、野洲市の「鮎家の郷」は閉店だけど、大津の鮎家本店は、これまで通り、営業を続けるということで、まあ、コロナウイルスの影響が落ち着いて、また、どこかで「新、鮎家の郷」がどこかで開店できればいいですけどね。

 

鮎家の商品は、食べた記憶がないので、どれほど美味しいのかどうかのかもわかりません。

 

でも、琵琶湖の水産品の中で、いちばんメジャーな鮎を具材して、商品として売り出し、それなりの成果をあげてこられた企業にとっては、鮎家の郷の閉店は、とても心苦しいところだったのだとは思います。

 

なんとか、コロナ禍がおさまり、また、第2の出発をしてほしい企業さんではあるので、今後の推移を見ていきたいと思います。

dカードGOLDの、年間特待クーポン、11,000円を使うべく、最後のチャンスで、北海道行きのホテルとレンタカーを予約。

前に、7月の北海道行きを、悩んでいたんだけど、北海道も、緊急事態宣言が解除される、ってことと、あと、クレジットカードのdカードGOLDの、11,000円のトラベルクーポンを使うべく、今日、ホテルとレンタカーを予約しました。

blog.office-teramura.com

この時期、そのクーポンを使うがために、北海道へ旅行へ行くのはどうなのだろう、っていうのは思っていたんですが、ここに来て、ワクチン接種が進んだことが影響しているのか、あるいは、国民のみなさんが、夜のお酒をやめたおかげか、コロナウイルス感染者数が下がってきて、緊急事態宣言が解除される、ってことから、北海道への旅行を決めた。

 

でも、実は、今でも、はたして、北海道へ行くべきなのか、どうなのか、ってのは悩んでいるのも事実で、行くのは行くけど、なるべく人との接触をさけた行程を組むことで、それであれば大丈夫だろう、ってことで、決定したことではあるんだけど。

 

今回は、紋別のホテルに2泊することに決めた。

 

レンタカーは、女満別空港を拠点に、2泊3日でのレンタル。

 

これで、あとは、どこへ行くかを、詰めていくことになるのだけれど。

 

ひとつは、日本最北端の宗谷岬に行こうか、ってのも考えてはいたのだけれど、結局、行っても何もないものを求めるのもどうなのかな、って思うし、できれば、知床を回ってみようかな、ってことを考えています。

 

知床半島の北を回る遊覧船もあるようだし、それを体験するかどうか。

 

あるいは、他に、なにか、いいところがないか。

 

まだ、日程的に余裕があるので、じっくりと考えたいとは思います。

 

旅行まで、3週間程度。今後、コロナウイルスの影響がどういうふうに推移するかもわからないし、飛行機はキャンセル不可能だけど、ホテルとレンタカーは、直前でもキャンセルが可能なので、旅行の行程を考えつつも、コロナウイルスの状況も判断しながら、ってことになります。

 

なんとか、コロナウイルスの影響が沈静化することを祈りますが。

運転免許や車庫証明手数料のキャッシュレス化。天下り団体廃絶のためにも、もっと早くやるべきだと思う。

国や都道府県の、手続きのキャッシュレス化。警視庁では、7月から、免許の手数料や、車庫証明の手数料などを、キャッシュレス化にする予定だということだ。

news.yahoo.co.jp

この現金のみの手数料納付。(一部、OSSという方法でのキャッシュレス化はあるが)

 

国が、キャッシュレス化を薦めている中で、例えば、自分の仕事で言えば、車庫証明の手数料は、本来なら、滋賀県警察に納めるところが、なぜか、滋賀県交通安全協会で、収入証紙を、現金で購入し、その証紙を車庫証明申請書に貼り付け、それによって、手数料を滋賀県警に支払う、っていう仕組みになっており、この滋賀県交通安全協会は、証紙を売る手数料収入を得て、それで、協会の運営をしている。

 

また、自動車の名義変更や新規登録などに必要な手数料や重量税は、直接、国に現金を納めるのではなく、例えば、滋賀県においては、近畿陸運協会という、国の天下り団体において、現金で、例えば、登録手数料や重量税を、証紙を現金で買って、用紙に貼り付けるという方法で、手数料収入を受けて、この天下り団体に利益が入ってくるという仕組みになっているのだ。

 

本来なら、国であれば国へ。県であれば県へ、手数料や税金を支払うというのが当然なんだろうけど、まあ、確かに、現状、現金を生じる方法であれば、国や県の手続きの煩雑さを考えれば、そういうことも考えられないわけではないことはわかるけど。

 

それが、例えばキャッシュレスになれば。

 

例えば、車庫証明の手数料を払うときに、滋賀県警の窓口において、カードなりスマホなりを機械に掲げて、その場で手数料を支払うことができれば、わざわざ滋賀県交通安全協会に足を運び、現金で払うこともないので、これにより、滋賀県交通安全協会に入る収入が減るのでは、っていう期待も高いのだけれど。

 

実際に、どういう方法で、キャッシュレス化が進むのかわからないけど、例えば、滋賀県警がキャッシュレス化をするわけでなく、滋賀県交通安全協会が、キャッシュレス化をするのであれば、まあ、現金を用意しなくていい、っていうのはいいことだけど、天下り団体としての交通安全協会が、手数料を受け取るのであれば、同じであり、これでは意味がないのではないかとも思う。

 

あと、国の運輸支局での支払いを、近畿陸運協会が、証紙発行代行ということで、手数料収入を受けているのであれば、それを廃絶して欲しいけど、上記、車庫証明と同じように、結局、近畿陸運協会にキャッシュレスで支払うのであれば、その段階で手数料収入が発生し、天下り団体に、大きな利益を与えることになるのであれば、あまり意味がないってことなんだけどね。

 

今回、警視庁が、手数料をキャッシュレス化するという、本来の意味が、利用者の利便性を考えてのことなのか、あるいは、天下り団体の廃絶を考えてのことなのか。

 

まあ、おそらく、前述、車庫証明に伴う、交通安全協会。自動車登録に関する、陸運協会というものを、いきなりなくす、ってことは考えられず、結果的には、今までと同じで、ただ、単に、現金から、キャッシュレスになるだけ、ってことなんだろうけど。

 

免許を更新するときに、更新料は、いくらで、あと、交通安全協会への協力金がいくら、って言われて、多くの人が、交通安全協会へ多額のお金を支払っているとは思うけど、これはあくまで任意であり、払わないから、免許が更新できないわけではないけど、それを、まるで、免許更新には、これだけのお金が必要だとばかりに、交通安全協会への協力金の支払いを促す交通安全協会には腹が立つばかりだ。

 

交通安全協会の活動を否定するわけではないけれど、それが、天下り団体へのお金の動きと、国の公務員の天下り先となっていて、天下った人間に、多くのお金が支払われていることに、それでもいいのか?、ってみんなに聞きたいし、その事実を知れば、誰も、交通安全協会なんか、無くなってもいいのでは、と考えるんじゃないかな。

 

とにかく、交通安全協会にしても、近畿陸運協会にしても、そういう団体を作ることで、人の仕事の提供となっていることも事実であり、国や県の業務の省略化が図られていることも、現状では事実である。

 

ただ、システムを導入すれば、もはや、こういう天下り団体は不要となり、直接、運輸局や警察との関係だけで、無駄な手数料を払うことがなくなるのであれば、それをどんどんとすすめてほしい、とは思うんだけどね。

還暦1周年記念、今日で、61歳になってしまいました。これから、どういう人生を過ごせばいいのか。

今日は、僕の誕生日で、なんだかんだ、持病を持ちながらも、61歳という年齢になりました。

 

61歳という年齢は、例えば、戦国時代であれば、かなりの長生きであり、戦国時代でなくとも、少なくとも、明治、大正、昭和初期にいたれば、それでも、けっこうな長生きなのかな、ってことで、今の医療技術の発達により、まあ、元気に生きられていることに感謝だね。

 

5年くらい前だったか、はじめて、手術というのも受けたんだけど、それは、虫垂炎の除去っていう手術で、部分麻酔で無事切り取っていただいたんだけど、これって、例えば、明治時代の医療技術でできることができるか、って言えば、たぶん、出来ないことであり、そうであれば、僕は、5年前の56歳で、死亡、ってことになっているんだろうし、それを考えれば、今、生きられていることに、その医療技術の発達によることが大きいことから、今は、幸せな生活を過ごせられることに感謝の気持ちです。

 

ただ、問題は、61歳という年齢の男は、はたして、その需要があるのだろうか、ってことだ。

 

仕事に関しては、順調に進んでおり、まだまだ、現役で、できれば、80歳くらいまでやりたいとは思っているけど、まあ、持病もあるし、せいぜい、生きられて、あと、10年もないだろうとは思う。

 

まあ、70歳まで生きられれば、上出来だけど、それまでに死ぬかもしれないし、自分が、いつ死ぬのかはわからないけど、とりあえず、今、元気なので、やれる限り、やってみようとは思っていますが。

 

仮に、80歳まで生きたとして、その時に、自分がやりたいことが出来るのか、っていうこともあるしね。

 

もし、自分がやりたいことができなくなれば、仮に、自分の命があったとしても、それは、自ら、死を選択することになるのだろうとは思う。

 

そういう年齢になっていないので、わかんないけど、今後の自分の人生。しっかりと、自分で把握し、もし、自分の思いがかなえなければ、自ら死を選択することになると思うし、もし、めちゃくちゃ元気であれば、それなりに、行動を起こしたいとは思うけどね。

 

まあ、少なくとも、残りは、あと、20年が限度。それまでに、いかに、楽しく、人生を過ごすか、ってことを考えてやっていくしかないかな、って思う。